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2010年8月31日火曜日

菩提樹

このところ自宅の文学全集の中から”丹波文雄”の「菩提樹」を見つけ読んでいる。
かなり長編で読み応えがあり 、PCばかり触ってばかりいるこのごろようやく活字にありつけた。
ちょっと風俗的なところもあるけれどなかなか読み応えがある。主人公が寺の住職で
仏教や宗教、信仰、先祖への感謝、親子の絆、躾、色んなことを考えさせられる。

2010年8月13日金曜日

栗田美術館

先日栗田美術館を訪れた。

329-4217 栃木県足利市駒場町1542 
電話 0284-91-1026
休館日 月曜日

栗田美術館は創立者故栗田英男(平成8年没)の蒐集による
伊万里、鍋島を館蔵する世界最大級の陶磁美術館である。
美術館は足利市の郊外にある。 ーパンフレットよりー

小高い山すその広大な敷地にいくつもの展示館や売店などが点在していて
庭園を回るようにゆっくりと散策できる。
伊万里焼のイメージはちょっと自分の感覚とは違うとずっと思っていたが、
とくに元禄時代の頃の(古伊万里と呼ぶのかもしれない)初期の焼き物には
目を見張るものがあって、いっきに好きになった。
しかも膨大なコレクションをみてすこし目利きになったような錯覚を覚えた。
2010.08.01 Sunday

新しい家

先週末、妻の姪夫婦が家を新築したというので訪ねた。
シンプルでモダンなデザインで、楽しく生活ができそうな空間だった。
フロアはラーチ材(カラマツ)の無垢、洗面スペースのタイルの色と大きさが
素晴らしいし、キッチンのデザインの素晴らしさ、IKEAで選んだというシステムキッチンは

とっても使い勝手がよさそうだ。
2人の感性に万歳。 2010.5.19 Wednesday

「ペンハリガン」ブレナムブーケ

そのころ僕は、イギリス生まれのオーストラリア国籍の女性から英会話のレッスンを
数年間続けていた。彼女の発音は優雅で美しかった。
そして1993年英国への10日間の一人旅を計画し、HISで格安チケットを手に入れる。
そして英国航空のジャンボはヒースロー空港に舞い降りた。コンコルドが数機とまっていた
のがとても印象的だった。空港からロンドン市内のあらかじめ予約のファックスを送っておいた、
アールスコート駅に近いHotel Amsterdam(B&B)にチェックイン。

憧れのイギリスの印象は、おとぎの国へ迷い込んだような錯覚を覚えたことだ。
イギリスはあらゆるものが小さく凝縮された造りになっているように感じた。道路の幅も、信号機の柱も、地下鉄のトンネルのなんと細いことか、文字通りチューブである、したがって列車のサイズも小さく長身の人は天井の角に当たりそうだ。電車の床はエスカレータ同様ハードウッドが使われている。多分OAK材だと思う。そういえばロンドンで以前地下鉄のエスカレータ火災があったのを思い出し合点した。地上に出るとそこは伝統的な4回建ての歴史ある住宅建築が道路の両サイドに連なっているのはまさにイギリスそのものだ。地下鉄も建築も古いものを長く使用するという合理主義がイギリス的ということか・・・
社会資本の投資もそれだけ少なくてすむわけだ。

出発前にJTBのイギリス自遊自在というガイドブックを熟読しそれを携行した。この予約したB&Bもその中に紹介されていたホテルで僕の部屋は3F、ちなみにイギリスでは3Fをセカンドフロアと呼ぶ。

翌朝8時半5~6人の宿泊客が朝食を摂っていた。食後持参したガイドブックをみていると
日本人女性が話しかけてきた。イギリスに着いた翌朝に日本人に会うとは・・・。それもこんな小さなホテルで・・・、まったく予想外の出来事だった。「そのガイドブックに私の記事が載っているんです」とその人は言った。僕は彼女が書いた記事を読んでこのホテルを予約したことが判明した。
彼女はイギリス各地をまわって小さなコラムを書くようなことを仕事にしているらしい。

今回の旅ではいくつかの目的があった。その一つ目は習った英語で一人旅が出来るかどうか。
二つ目はフルハムロード(FULHAM RD)にあるコンランショップ見ること、そしてポートベローや
カムデンロックのアンティークマーケットを覗くこと。
三つ目はロンドンの南西部、電車で1時間半くらいの街バース(BATH)に一泊しそこからレンタカーで、全国で最も保存状態が良い(中世からの)として知られる”カッスル・クーム”の村を訪れること。そしてこれらすべての目的は達成することができたのでした。

よく日サウス・ケンジントンで下車、コンランショップに向かう途中、予定に無かったがネイチャー・ミュジアムを見学するためチケットを買おうと並んでいると突然昨日の彼女と会う。一緒に見学し、天井が高くて広く、インテリアの素晴らしくいいレストランでTeaを飲み12:00に別れ、7:00PMにピカデリーサーカスのタワーレコードの前で待ち合わせ。

再会し彼女は、とても旧くて評判のいいパブに案内するといって僕をその店へ連れて行った。
1667年創業とあった。軽い夕食を食べ9時前に店を出てテムズ川にかかる橋のひとつ
(Waterloo Br)ウォータールーの上を6月の心地よい夜風を感じながら二人で歩いた。
車の往来もありこちら側からあちらへ急いで横断しようと彼女は僕の手を引いた。
「わたしこの橋の上で泣いたことがあったわ」、とひとり言のようにつぶやいた・・・・。

その後僕らはロンドンタクシーに乗り、僕が先に降り握手をして別れた。
明日はスコットランド方面らしい。僕はアンティークマーケットに行こう。

6月14日(MON)、パディントン駅9時45分発の特急列車でBATHへ向かう。
車内は空いていて、座席はふるいい日本の列車のように4人で対面するタイプだがあきらかな違いは、席を挟んでテーブルがしつらえてあること、車内のデザインや色使いはとっても新鮮である。
車窓からは緑豊かな丘陵地帯が続き、最もイングランドらしい景色が絶え間なく流れていく。
BATHに着いて、まず旅行案内所行きその日のB&Bの予約をした。
市内中心部を流れるAVON川にかかるパルトニー橋のたもとのホテルだった。
その日のうちにカッスル・クーム(Castle Combe)へ行くべく駅前のレンタカーを借り、多分
BATHから北へ30キロ弱の距離を走らせた。もちろん日本と同じ車は左側通行。
そしてうわさに聞いていた信号の無い交差点(ラウンドアバウトと呼ばれているらしい)
『ホルムヘッドの謎』 林 望著に詳しく書かれている。)を実際に体験することが出来た。これがまた本当にうまく出来ているのです。

続きはまた後で・・・・・。

2009.12.27 Sunday

「海辺の恋」

先日横須賀の親戚を尋ね一泊させていただき、翌朝息子夫婦のところへ寄り
2歳5ヶ月の孫と夜遅くまで一緒に過ごした。
皆で近くの大きな公園へ出かけ散策した。小さな彼はしきりに動き回り楽しそうだった。
そこには黒松や赤松の大木が数本あり、沢山の松葉が地面にちりばめられていて
それがとっても綺麗だったので一握り持ち帰った。











「海辺の恋」

こぼれ松葉をかきあつめ
をとめのごとき君なりき。
こぼれ松葉に火をはなち
わらべのごときわれなりき。

わらべとをとめよりそひぬ
ただたまゆらの火をかこみ、
うれしくふたり手をとりぬ
かひなきことをただ夢み、

入り日のなかに立つけぶり
ありやなしやとただほのか、
海べのこひのはかなさは
こぼれ松葉の火なりけむ。

佐藤春夫 殉情詩集より
 
松葉で思い起こすのはこの詩です。小椋 佳がこの詩に素敵な曲をつけて
歌っていますね。これもいいです。
2009.12.02 Wednesday

胃カメラ検査

今日は胃カメラの検査の予約日だった。
毎年定期的に受診しているバリュウムでのレントゲンの結果、先生の所見に
疑問点があれば内視鏡の検査になるわけである。
過去においてバリュウムは量、味?とも、かなりいやな思いをしたけれど、今では
とても飲みやすく、量的にも半分くらいになったようだ。プレーンヨーグルトを流し込んで
いるような感じと思ってもらえばよい。

それで胃カメラ検査の一連の流れと、僕なりに感じた楽に飲むコツのようなものを紹介
したいと思う。

いちばん始めに胃の中の泡を消すための液体50cc位を飲む。
次に胃の働きを止める注射を1本上腕部に刺す。
そして、次にのどの麻酔をします、これが少し厄介ですね。
約50ccくらいの琥珀色液体を3回に分けて、各1分間のどで
うがいをします。3回目になると麻酔が効いてきてかってに
気道の方に流れ込みかなりむせます。そしてうまくしゃべる事が
出来なくなります。これで事前の処置は終わり。
この間約15分くらいだったと思う。そして検査室に入ります。

靴を脱ぎ診察台の上に左を下に横向きになります。
そして、マウスピースのようなものをくわえてからゆっくりと先端が
光ったカメラのチューブが挿入され、のどの奥にさしかかった時に
先生の、ごくんと飲んで下さいの掛け声に合わせてつばを飲む時の
ごくんをしてください。このタイミングが大切です、後は鼻で息をします。
診察中には胃に空気を入れたり出したり、必要に応じて色んなことが
行われるようでが、”おうぇ”とならない最も重要なことは、鼻でゆっくりと
呼吸し、診察の間ほかの事を考えるようにする事ですね。

そして今日は無事に終了しましたが、意外だったのは主治医の先生が横で小声で
細かく指示を出しているようなので薄目を開けてみたら、実際に操作しているのは
うら若き女性(女医?)だったのです。したがって今日の僕は彼女の練習患者だったのか
内視鏡の操作は医師以外の人も行って良いのだろか、また彼女はレジデントだったのか
不明である。
胃カメラは苦手だと言う人の参考になれば幸いです。
2009.11.16 Monday

歌人 宮 柊二について

僕の妻の父は、歌人 宮 柊二と従弟であり、柊二の家業である書店を小学校の同級生だった本家の四男である義父が継いだ。
柊二は『折々帰省して、彼と静かに語るのが楽しい』と著書”私の柵の中”(立風書房)にもある。
義父は4人の子供達にそれぞれの名前の一部が入った短歌を贈ってほしいとお願いしたことがあると聞いている。

(もちろんそのために詠んだものではない)そして我が家にある妻の歌は次のような歌です。 

海しおにさしてながるる川水の静けさににて年あらたまる

というものである。この中に妻の名前の同音の一部が含まれているわけである。僕は、静かで穏やかに、そして何事も無くゆっくりと新たな年が訪れる感じのするこの歌が気に入っている。
僕はといえば、妻の父母が柊二の著書を我が家にもかなり揃えてくれていたのだが最近になってようやく開いてみるという有様である。

古い領収書

懐かしいレシートが出てきた。
日付は昭和54年5月16日。デンマーク製のデスクGINZA 松屋で買い求めたもの。いまでこそ、北欧のインテリアデザインや家庭雑貨は一つのライフスタイルとして定着しているが、当時はまだ北欧の文化、情報は珍しかった。
そのころ僕はただ漠然としてではあるがずっと北欧に憧れていた。その後イギリスへと変化していくのだが・・・・・・。
NOKIAの携帯電話、VOLVO、マリメッコのテキスタイルイッタラの陶器やグラス等々。好きだなぁ
長男が小学4年から大学入試まで使用したので天板はかなりダメージがあるが
全体のフォルムはまったく今に通用する。誰が見てもスカンジナビアンデザインだ。

忘れられない二つの言葉

一年間で最も過ごしやすく気持ち良い日を五日あげろ、と問われればおそらくたいていの人がゴールデンウィーク前後の日を選ぶことに疑問の余地は無いだろう。
僕もそのまぶしいばかりの新緑の季節には必ず山歩きをする。
春の山菜をとったり真紅のヤブツバキを楽しんだり、ウグイスの鳴き声に耳を澄ませ、
こぶしの花の匂いをかげば少年時代がよみがえってくる。

小さな山村に嫁いできた母はそれまで経験したことのない田畑の仕事にかなり苦労したのではないかと思われる。その母がよく 『五月陽気に子三人』 鯉のぼりが五月の風になびくころによく口にした。

きっと五月晴れの素晴らしい陽気の日に幼子を3人つれての田植えの昼時、田のあぜに座り皆でおにぎりなんかをほおばり、その当時はタニシやドジョウもたくさんいただろう。
傍らの石ころにシオカラトンボが羽を休めていたり。
そして身体全体をつつみわたる風は薫り、三人のかわいい子供たちを眺めながら
母は日頃の苦労も忘れ、ただただ純粋に生きている幸せを感じたのではないかと思う。
他にはなにもいらない、今この時があれば・・・。

もう一つは、『前途洋々』 当時僕は事業を営んでいてある時期大きく飛躍した際に
母からの祝儀袋に書かれていた文字である。
その言葉は、僕の目の前に本当にはてしなく大きな海が広がっているような気持ちにさせてくれたし、
自分の前途が限りない可能性に満ちているようにも思えた。
この”前途洋々”を僕にはなむけとして贈ってくれた母を粋に感じた。

その母もこの6月28日早朝、とても穏やかにそして静かに旅立った。

手紙

祐二おじちゃん

こんにちわ。
こちらの花屋さんでは、ミモザやヒヤシンスが並ぶようになりました。

昨秋はメールをいただいたままになってしまい、大変申し訳ありませんでした。

今冬は体調を崩しっぱなし。12月からずっとでした。
お正月も”食あたり”のようなデトックスタイプの風で寝込み
1月4日に這って帰京しました(笑)
今週、ようやく元気になりつつあります。あー健康がありがたい(笑)

その12月に不思議な出来事がありました。
ある日、会社で電話をとると、
リッツカールトンのコンシェルジュの方でした。
「いま当ホテルにスティングさんが宿泊なさっているのですがご本人様がヘアカラーを
そちらへのヘアスタイリストの方へお願いしたいとおっしゃっています。
ニューヨーク在住のジェットツール氏の紹介といっておられます。」と。。。。

スティングとは、あのスティング(??)
びっくりカメラかしらとおもいながら
外国人受けしそうな、東洋風美人スタッフを手配して
リッツのスイートルームへ向かってもらいました。

気に入っていただき 
その後、もう一日、お髭のカラーにも呼ばれました。
東急Bunkamuraでリュウート奏者の方と
コラボレーションライブの折、来日されていたようです。

物静かで、知的で、紳士で、セクシーだった、との彼女談(笑)
いつもペーパーバックを読んでいたと。

お茶数種、召し上がって下さい。
クスミティーは年明けに取り寄せたものが、まだすこしあったので、一杯分ですが
ぜひ飲んででいただきたいとおもい送ります。好い香りがします。
http://kusumi-tea.jp/index.html

寒さますます厳しくなる折、お体にご自愛のうえお過ごしくださいませ。
志保子おばちゃん、牧ちゃん、おばあちゃんにもよろしくお伝えください。
それでは。
Jan 16th 2009 あこちゃんでした


あこちゃんは妻の姪であり、ぼくらが結婚したころ3~4歳だったと思う。
秋の風が冷たくなる妻の実家の十五夜祭りに、僕はあこちゃんの手をひいて
夜店を廻った。
彼女とはなぜか気が合った。

前に僕はスティングをよく聴くんだという話をしたあとの出来事
だったので素晴らしい話だと感激。

1985 summer

1985年の夏、僕の白いフォルクスワーゲンビートルは、海沿いの道路を北へ向かってた。
水平対向エンジン特有のパタパタという少しかよわいメカニカルノイズ。それでいて回転数を
上げると排気音は、エンジンの冷却とヒーターを室内に送り込むための大きなファンのうな音と重なってとても力強く僕の耳に響いてくる。
なんて素晴らしく楽しい車なんだろうとあらためて感じた。
ボンネットを開けるとエンジンの代わりにスペアタイヤとバッテリが納まっているなんてなんということだろう。
リアシートでは9歳の長男と6歳の娘が日焼けした肌でふざけあっている。
ぼくはどうしてもドイツの車が好きだ。