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2017年8月18日金曜日

純愛小説2

今回紹介する本は「雪の記憶」、著者は、富島健夫。

妻と初めて出会ったのは、高校1年に入学して間もない頃だと記憶

している。その高校は、人口3万人に満たない、まわりに田園地帯

がひろがる小さな雪国の街である。

その駅を真ん中にして、彼女は北の方向から、ぼくは南の方向から

ほぼ同じ距離を汽車で通学していた。だから出会ったのは通学列車

の中ではないが、ぼくたちの交際もこの小説のような淡い恋の

付き合いだった。


少女と海彦の眼が合った。
少女の手がかすかに海彦の胸をかすめ、一方でてすりを掴まえた。
ベルが鳴りやんだので、あわてている。少女は足場を見つけようと
焦りながら、ふたたび海彦を仰ぎ見た。
このような間近に少女を見るのは初めてである。
「乗せて!」少女は低く、海彦にうったえた。
海彦の胸を強烈な感動がつらぬいた。が、海彦は何も口を利けなかった。
強く後方の客たち押した。意外に、人々の体は弾力をもって海彦の
押す力に抵抗してきた。振動と共に列車は動いた。またも海彦と少女の
眼は合った。少女は今にも泣きそうな顔をしていた。少女の眼には、
海彦が少女の乗車にひややかであると映ったにちがいなかった。
その途端、海彦はホームを飛び降りた。
「乗りなさい」
少女は小さくうなづくより早く身軽に海彦のいた場所に飛び乗った。
海彦は下段を踏んでいる数本の足の間に、空間をみつけ、両足を
ひろげてわりこませた。同時に学用品の入ったふろしきを腕に
通し、両方の手すりを握った。その時はもう、列車はゆるやかに
動き始めていた。
 少女は身を小さくして、海彦の右腕の中にいた。海彦のその腕は、
自分を支えると同時に、内部から押す力で外へはみ出ようとする少女の
軀をも支えている。少女の両手は合掌するようにてすりを握って、海彦の
方を向いている。海彦は車内の方を向いている。肩と肩が密着していた。
海彦の腕の上に、少女の顎が触れていた。
 「偶然ですね」
あたりに男女の学生は多かった。しかし、それらを考慮する余裕を
失っていた。少女の耳元に、そうささやいた。少女の耳はほとんど
海彦の口すれすれにあったのだ。
 「すみません、もっとゆっくりしたところで・・・・・・」

次回は「潮騒」の予定です。